ほろ酔い気分も醒めてしまうほどの冷たい風にさらされ歩いていた。
頭の中ではトランペットが奏でるメロディーが繰り返し流れている。
ホームに続く階段を上っているときも
通過列車を見送るときも
ビルとビルの隙間に浮かぶ上弦の月を眺めても
何ていう曲だったっけ?
ホームに滑り込んできた列車は快速列車だった。
「まぁいいか、乗ってしまおう」
家に帰る駅は通過してしまう。
一駅通り越し隣り町でも彷徨うか。
土曜の夜降り立った駅はごった返している。
「次は何処行く 二次会どうする?」 相談しあう何組ものグループをすり抜け
駅前スクランブル交差点を人ごみの中斜めに渡り薄暗い道を歩く。
振り向くと妙に赤く輝く半月が夜空にぶら下がっている。
いつもの店は程よい混みようで、カウンターでぽつりと呑むに丁度良い。
バーボン ブラントンの水割りを呑みながら物思いにふけっていると、カウンターの向こうからマスターは立ち並ぶボトルを磨きながら絶妙なタイミングでポツリポツリと声をかける。
「お疲れ様、バーボンお好きですね」
10年前を思い出している。
10年前……妻と長男、長女とファミレスで食事をしていた。
「お父さんな、会社変わるけど、今以上がんばるからな」
子供たちは、困った様子も見せずハンバーグをほおばりながら
「いいよ、がんばってね。」と救いの返事を返してくれた。
妻は黙ったまま俯いていた。
転職から10年か……
「マスター今夜の月って半分欠けてて妙に赤いんだよパーティーのデザートに出てくる赤いグレープフルーツみたいな」
「妖しげな夜ですね 隕石の落下も関係ありかもしれないですね。」
「ロックでいけるお勧めバーボンをお願い。」
「今日いい丸氷ができたんですよ、それでやってみます。」
ボトルの並びから取り出されたボトルは ヘンリー マッケンナ
グラスの底の透き通ったまん丸な氷にバーボンを注ぐ。
まん丸氷は上弦の月となる。
店を出て再び夜空を見上げる。
月は青白い輝きを取り戻していた。
月の上には家族の面々が浮かんでいた。
帰ろうさぁ帰ろう。
足早に駅へ向かうと気になっていた曲を思い出せた。
スティングのバーボン・ストリートの月だ。
帰ろう、月明りが導いてくれる、家族へそして未来へと。
♪♪今夜はバーボン・ストリートの月が出ている
青白い青白い街灯の下を行く人たちの顔が見える
やむにやまれぬ欲求に引かれて
明るい電灯や人々や月を見に出てきた俺
毎日 強くなれるよう祈るんだ
自分のしてることが
間違いだと知ってるからさ
俺の姿はどこにも見えず
バーボン・ストリートに月が昇った夜は♪♪
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