あぁ今日は何て風が強いの・・・
雲を追い払って、今夜の中秋の名月とやらを観賞しやすいようにってことかしら。
今年の私たちの仕事ももうすぐ終わりね・・・
毎年毎年ここにポツンと立たされて、つらいことだらけ。
早く刈り入れしてくれないかなァ・・・

もうやめよう、こんな退屈でつまらない田んぼの見張りなんて・・・・・
なに?レジ打ちの女性の話を聞けって・・・何なのそれ。
感動したわ・・・
こんな向かい風に負けてちゃだめなのね。
私たちがここにいるから、みんなおいしいご飯が食べられるのね。
私も負けない。
最後までがんばるわッ!
まーるいお月様も今夜は見守ってくれそうだから。
拙句 : 刈り入れの 稲穂と共に なぎ倒す
案山子は悲しと 鳴く雀かな知らないうちに寝てしまったようです。
薄暗い納屋に閉じ込められ1週間。
そう私は案山子。
1週間前……私は最後のお勤めを終えようとしていました。
目の前で、黄金色に輝く稲穂がコンバインによって次々と刈り取られて行きました。

稲刈り作業も無事終わりご主人様が近づいて声を掛けてくれました。
「ずーっと守ってくれてありがとう。お疲れさん。ゆっくり休んでくれや……」
トラックに揺られながら久しぶりに横になり青空をずーっと見ていました。
今夜から暗い納屋に閉じ込められると思うと、涙が出てきました。
私は案山子。
移り行く季節を体感できません。
今の世の中、
引きこもりやら、
ネット難民やらじめじめした若者がいるそうですが、私にしてみればもったいない話だと思います。
悪いとは言いません。でも色々な世界へと踏み込んで欲しいと思います。
私の分まで……。
あっ!?電線にチュン太郎だっ!何か言っている。
「お姉さん、お疲れさんでござんした。あっしはこれから黄金色に輝く絨毯を探しに南の島へと旅に出やす。しばしの別れでございます。達者でなあばよでござんす。」
つらいわ、別れってほんとにつらい。
でも又来年きっと会えると思うは、その日までお互いがんばりましょうね。

納屋に無造作に放り出された私は、あっという間に深い眠りに入りました。そして今やっと眼が覚めたのです。
外に出たい、外に出たい、ああ外に出たい…。
これから私の退屈な毎日が稲の穂実るまで続きそうです……。
うつむきかけた あなたの前を 静かに 時は流れ
めぐる めぐる季節の中で あなたは 何を見つけるだろう
松山千春 季節の中で
♪~元気でいるか 街には慣れたか 友達出来たか
寂しかないか お金はあるか 今度いつ帰る・・・♪ さだまさし 案山子。 
私は案山子。
朝から晩までこんな田舎の田んぼの片隅に立っています。
バブリーな頃は華やかでした。
一流デパートではトップマネキンの座を譲らない日々の毎日でした。
移り変わりの激しい世の中、お払い箱になったとたん、私の転落人生が始まりました。
美容院のモデルもしました。
研修生はマネキン相手では心がこもりません。
馬鹿にされた毎日でした。
流れ流れて、この地に1本足ながら根をおろすことに決めました。
淡淡とした毎日ですが、平和をかみしめています。

あー、チョイ悪スズメのチュン太郎が飛んできた。又奴のおしゃべりにでも付き合うか・・・
「姉さん、調子どう?」
「相変わらずよ・・・チュン太郎は?」
「それがとなりの村の田んぼでちょいと稲穂を失敬しようと思ったら、地主さんがバットを振り回して追いかけてくるんだ。」
「まぁ大変」
「おまけに、鉄砲担いだ恐いおじさんたちも出てくる始末、死ぬかと思った。」
「それはお気の毒様。」
「その点お姉さんはいいよなぁ。優しい顔して・・・ここの田んぼは俺たちのオアシスだ。みんな言ってるぜ、ここだけは荒らすなよって。」
「そう、私は色々揉まれて最後は平和主義に落ち着くことに決めたの。カワイガリとか言って、しごきとかいじめはダメなのよ。軍事力や暴力で制圧なんてできないの。」
「あー姉さんの話は本当にいつ聞いても心に沁みるよ・・・何かをしなきゃって気になるよ。みんなに教えてくるよ、平和を祈りなって。又聞かせてよいい話・・・あ ば よ 」
あーあ行ってしまったは、奴のために少し稲穂を隠しておいたのに・・・
私は案山子。
今日も日がな一日、ひっそりとたたずんでいます。
実りの秋であり 祈りの秋 なのです。
世界平和を願い 稿 了